そんな時に、村上隆氏の「芸術起業論」を読みました。
これは、音楽を生業にしている人にこそ読んで欲しいと思います。
目次を見て行くだけで、どんな内容かが想像出来ると思います。
例えば...
「芸術には世界基準の戦略が必要である」
「世界で評価されない作品は意味がない」
「芸術家は世界の本場で勝負しなくては」
「世界に唯一の自分の核心を提出する」
などなど...
ざっと最後まで目を通しましたが、なかなか面白いですね。
色々と同意できたり、参考になったりします。
僕の場合、そもそも「日本のジャズ界」なるものには殆ど興味がなく(もし興味があったなら、若い時に東京に行っていたでしょうね。)、若い時から「本場で通用しなければ意味がない」と思っていました。
大学を中退してバークリー音楽院に行く!というのも、かなり現実的な処まで行ったのですが、とある理由から大学だけは卒業する事に...
すると幸か不幸か、在学中から音楽の仕事が入り、卒業する頃には「かなり喰えていた状況」となっていました。
卒業後も仕事が途絶えるどころか、どんどん増えて行き、それに伴い「本場で勝負する!」という気持ちが、どこかに消えて行きました。
何せ26、7歳の若造の分際で年間1000万近く稼いでましたから、まあこれでも良いかな...と思ったのでしょうね。
その後、バブルが崩壊すると共に急速に仕事がなくなり、収入もどんどん減って行く事になりました。
年齢的にも30歳前後だったので、将来の事を相当真剣に悩みました。
そして、改めて「世界で通用する事」を決意した訳ですが、当時は既に結婚して子供も居たので、早々簡単に全てを捨てて!という訳には行きませんでした。
そこで、まずは「経済的な基盤を自らの手で構築する」事を考えました。
自分が働いて貯金してアメリカに行ったとしても、お金がなくなれば「それまで!」の事です。
「経済的な基盤=継続的にお金を産む仕組み」を、自ら所有する事しかありません。
その為、会社を作り「子供の音楽教室」を開設し、僕はまずはその「仕組みの構築に専念する」事にしました。
つまり自分が先生として働くのではなく、ビジネスモデルを構築し「オーナー」となる事を目指しました。
そうなれば、ゆくゆくは「単身アメリカに行って勝負出来る!」と思った次第です。
とは言え...何せ「ビジネスの経験ゼロからのスタート!!」だったので、本当に大変でした。
しかしながら何とも有り難い事に、数年後に我が「子供の音楽教室」は在籍数450名近くを数え、スタッフ講師で40名近い大所帯となりました。
ところが...その後自分の力を過信した為に、新規に立ち上げたプロジェクトで大きな挫折を味わう事になりました。
結果、自宅を失い、子供の教室も縮小...という憂き目にあう事になりました。
その後の数年間はリカバーに専念しつつ、新規にジャズスクールを開設しました。
今は、何とか当初の第一段階の目標である「経済的な基盤の構築」の実現に近づきつつ有ります。
とはいえ、まだまだ「脆弱な基盤」がゆえ、あと数年はこの基盤を堅牢なものとしていく必要があります。
その間にもミュージシャンとして、念願のアメリカでCDをリリースし、その後日本でもCDをリリースする...という処まで、何とか辿り着いた訳です。
これらは当初の目標にはありませんでしたが、この経験が「ん?世界で通用するかも?」と思う根拠となりました。
ようやく「自分の目指す音楽」も見えてみたところでもあり、また新規プロジェクト失敗のリカバーも最終段階に近づきつつあり、いよいよこれから...という感じです。
独自レーベルを立ち上げ、独自の音楽を創造し、それを世界中の人に買ってもらい、その人達に会いに世界中を旅する...とても「シンプルなビジネスモデル」です。
これが第二段階ですね。
やはり「きちんと喰える事、きちんとしたビジネスである事」が大前提です。
今までのビジネスの経験が活かされば...と思います。
この「芸術起業論」なる本...
じっくりと読んでみたいと思います。

